囲炉裏端から

主として趣味に関わる様々な話題を、折に触れてエッセイや紀行文の形で自由に書いてゆこうと思っています。過去に書いた文章も適宜載せてゆきたいと考えています。

ゆつたりと、ゆつくりと、川が流れる、漕ぐ。時折、手を休め、あたりの景色を眺める。ふと見ると、激しい人工の落ち込み。落差は一米位だらうが、真ん中あたりが白く波立ち、岩のやうな、コンクリートのやうなものが見える。あそこへ突っ込めば間違いなく沈するだらう。舟は恐らく大破する。左岸を迂回できさうだ。左岸に舟を着け、いったん舟を降り、荷物をおろして船をかつぐ。下流にゐた釣り人が驚いて見てゐる。

 「釣れますか」「いやあ、全然。」再び荷物を積み込み漕ぎ出す。

突然、人の姿。何か不思議な気がする。現実に引き戻されたやうな、そこにあるべきでないものを見たやうな・・・「すみません。通らせて下さい。」「どうぞ」「釣れますか。ヤマベですか」「ええ。釣れませんね。どこから来たんですか「鮭鱒孵化場近くの烏柵舞橋からです」「さうですか。気を付けて」「はい。それぢや、失礼します」釣り人は無言で軽く頭を下げ、竿を引き寄せ、再び川の中へ糸を垂れた。何億分の一かの確率で私とこの人とは出会った。恐らく、二度と再び会ふことはないだらう。もし万が一出会ふことがあっても、お互にわかりはしないだらう。或いは、きのう街角ですれ違ったあの人が実はこの人であったかもしれないのだが・・・とてもいい人だった。幼な児のやうな素直な気持ちになって、私はさう思った。自然の中に一人でゐると、人間はこんなにも謙虚になれるのだ。本当の人間になれるのだ。

 相変らず豊かな緑、ゆるやかに曲がりながらゆつたりと流れる川・・・両岸には、大小様々な樹木、草・・・千変万化する緑の交響曲、否、緑の室内楽、然り、この静けさと豊かさは寧ろ、絃楽四重奏の世界である。深い草木の静寂に聴く、「器楽的幻覚」・・・心の中に音楽を聴きながら私は流れて行く。手を休めて流れに身を任せたり、漕いだりしながら、川を下る。流れるものの美しさ・・・

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