囲炉裏端から

主として趣味に関わる様々な話題を、折に触れてエッセイや紀行文の形で自由に書いてゆこうと思っています。過去に書いた文章も適宜載せてゆきたいと考えています。

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第60回)
「本当にありがたうございました。お蔭で熊楠ワールドを堪能できました。」「いいえ。こちらこそお役に立ててよかつたです。わざわざ北海道からおいで頂きありがたうございました」「いいえ。ところで、遅くなつたところをまたまた申し訳ないのですが、一つだけお聞きしたいことがあるんですが・・・」「なんでせうか」「実は余りに急いでここへ来たものですから、今日泊まる宿をまだ決めてゐないんです。どこかいい宿をご存知ありませんか。」「ああ、さうですか。何軒か当てがありますから、電話してあげませう」「いえいえ、そこまでして頂かなくても、携帯も持ってゐますし」「大丈夫ですよ。お任せください」何といふ親切な方だらう!見知らぬ旅先での親切、心遣ひが一際身に沁みる。「何から何まで、本当に御親切に、ありがたうございます」二軒は空きがないとのこと。三軒目でやうやく空きあり。「ちよつと高いですがいいですか」「勿論です。それで結構です」予約してもらふ。既に六時近く。外は暗い。心底ほつとする。先程見た海を思ひ出す。

 熊楠の見た海の美しさ

「何から何まで御親切にして頂き、本当にありがたうございました。」「いいえ。どうかよい旅を」「はい。ありがたうございます」丁重にお礼の言葉を述べ、深々と頭を下げる。この恩は末永く忘れないだらう。感動と感謝の念を胸に「南方熊楠記念館」を出る。駐車場に戻り、バイクのエンジンをかける。「いつの日にか、また来よう。今度はもつと余裕を持って来よう。さうして、更にじつくりとゆつくりと展示を見よう」さう思ひながら、坂を下る。一路今日の宿へと向かふ。

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第59回)
 
一体どのくらゐ時間が経ったのか・・・文字どほり我を忘れ夢中になって、次から次へと展示を見続ける・・・その内、ふと我に返る。理性が常識が一瞬蘇る。親切にも「まだ暫く帰りませんので、ゆつくり見て行って下さい」とは言ってくれたものの、これでは余りにも迷惑をかけすぎだらう。さう思った時には、既に一時間が経過してゐた!あつという間の一時間・・・流石の非常識人も申し訳ないと切に思った。閉館時刻を過ぎてゐたのを入れてくれたのさへ異例の好意だといふのに、これでは甘え過ぎた。本当に名残惜しいが、そろそろ帰らねば・・・

「あのう・・・申し訳ありませんでした。すつかり夢中になつてしまつて時間が経つのも忘れてゐました。こんな時間になつちやつて・・・」「いえ。いいんです。ちよつと前に仕事が終ったところですから」「さうですか。それならいいんですけど・・・」聊かほつとする。大慌てで記念スタンプを二つ捺す。その側には熊楠関連グッズ。普段は余りかういふものに興味をもたないのだが、相手が熊楠とあつては話は別だ。熊楠Tシャツを一枚買ふ。

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第58回)
熊楠は、この他にも「本草綱目」、「諸国名所図会」、「大和本草」、「日本書紀」、「徒然草」、「山海経」等々、枚挙に暇がないほどの写本を作ってをり、それは謂はば「熊楠学」の原点であると共に生涯変はらぬ方法論でもあつた。事実、八年に渉るロンドン遊学中には、かの大英博物館閲覧室に毎日数時間も通ひ詰め、十数カ国語を理解したとも言はれる超人的、驚異的な語学力を駆使して、文字どほり古今東西の文献を渉猟し、実に全五十二巻一万ページ()にも及ぶノオトの山を築き上げたのである。大英博物館閲覧室の蔵書は、その数実に百五十万冊、まさしく古今東西に渉つてをり、その宝の山に若き日の熊楠は果敢にも挑んだのである。その数を思へば、熊楠が筆写し得たのはほんの一部かもしれぬ。しかし、それは熊楠以外の誰一人として為し得ぬ、否、夢想だにせぬ不滅の超人的な偉業ではある!それは、世に「ロンドン抜書」と称されるものであり、量の余りに膨大、内容の複雑多岐なるによつて、未だにその全容は解明されてゐない。畏るべし、熊楠!

それら膨大な写本の原本の一部がここに展示されてゐる。楽しい!胸が高鳴る!心が躍る!時間が幾らあつても足りない!「日本人の可能性の極限」どころではない。「人類史上最大の天才」なのではないか、少なくともその一人なのではないか。さう思ふ。自分が熊楠と同じ日本人であることが無性に嬉しい。誇らしい。

 

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