囲炉裏端から

主として趣味に関わる様々な話題を、折に触れてエッセイや紀行文の形で自由に書いてゆこうと思っています。過去に書いた文章も適宜載せてゆきたいと考えています。

 すっかりご無沙汰してをります。先月16日から十日ほど、本州ツーリングに行って来ました。やうやく疲れと「気候ボケ」(とにかく本州は暑かった!特に和歌山県)
も回復しました。またぼちぼち書いて行きますので、よろしくお願いします。


 ゆつたりとした流れ、緑の草木、愈々美しく澄み切った川の水・・・川底の小石がはつきりと見える。時折、浅瀬がある。空が次第に明るくなって来る。青空・・・太陽が薄い雲の向うに見える。釣人。軽く会釈をして通り過ぎる。川の左岸に人の気配が、人々の生活の匂ひが感じられる。道が見えて来る。家が見えてくる。ふと見上げれば、前方高く鋼鉄とコンクリートの大きな橋・・・文明が否応なく私を迎へ入れようとしてゐる。それは人間の知性の産物だ。それはまた、人間の偉大さの一つの証明でもある。然し、今の私には、それは唯の空しい建造物にしか見えない。「それが一体どうしたと言ふのだ。川岸に生えてゐる一本の小さな草すら、人間は作ることができないのではないのか。この巨大な建造物を作る知性も、例えばこの川を年毎に遡って来る鮭達のあの自然の知恵には到底及ばないのではないのか・・・人間よ、もつと謙虚に、もつと素朴に、もつとすなほに・・・」

ゆつたりと、ゆつくりと、川が流れる、漕ぐ。時折、手を休め、あたりの景色を眺める。ふと見ると、激しい人工の落ち込み。落差は一米位だらうが、真ん中あたりが白く波立ち、岩のやうな、コンクリートのやうなものが見える。あそこへ突っ込めば間違いなく沈するだらう。舟は恐らく大破する。左岸を迂回できさうだ。左岸に舟を着け、いったん舟を降り、荷物をおろして船をかつぐ。下流にゐた釣り人が驚いて見てゐる。

 「釣れますか」「いやあ、全然。」再び荷物を積み込み漕ぎ出す。

突然、人の姿。何か不思議な気がする。現実に引き戻されたやうな、そこにあるべきでないものを見たやうな・・・「すみません。通らせて下さい。」「どうぞ」「釣れますか。ヤマベですか」「ええ。釣れませんね。どこから来たんですか「鮭鱒孵化場近くの烏柵舞橋からです」「さうですか。気を付けて」「はい。それぢや、失礼します」釣り人は無言で軽く頭を下げ、竿を引き寄せ、再び川の中へ糸を垂れた。何億分の一かの確率で私とこの人とは出会った。恐らく、二度と再び会ふことはないだらう。もし万が一出会ふことがあっても、お互にわかりはしないだらう。或いは、きのう街角ですれ違ったあの人が実はこの人であったかもしれないのだが・・・とてもいい人だった。幼な児のやうな素直な気持ちになって、私はさう思った。自然の中に一人でゐると、人間はこんなにも謙虚になれるのだ。本当の人間になれるのだ。

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