囲炉裏端から

主として趣味に関わる様々な話題を、折に触れてエッセイや紀行文の形で自由に書いてゆこうと思っています。過去に書いた文章も適宜載せてゆきたいと考えています。

 相変らず豊かな緑、ゆるやかに曲がりながらゆつたりと流れる川・・・両岸には、大小様々な樹木、草・・・千変万化する緑の交響曲、否、緑の室内楽、然り、この静けさと豊かさは寧ろ、絃楽四重奏の世界である。深い草木の静寂に聴く、「器楽的幻覚」・・・心の中に音楽を聴きながら私は流れて行く。手を休めて流れに身を任せたり、漕いだりしながら、川を下る。流れるものの美しさ・・・

ふと見れば一瞬たりとも絶えることなき川の流れ、時の流れ・・・長い長い気の遠くなるやうな地球の歴史、それに比べればまさしく一瞬とも言ふべき人類の歴史、その中にゐる微小なる自分、その一生の中の一日、その一日の何時間か・・・「行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず。よどみにうかぶうたかたはかつ消えかつ結びてとどまりたるためしなし」気がつくと、この一節を私は何度も心の中で呟いてゐた。我々凡人に独創的な考へなどといふものはない。全ては嘗て誰かによって考へられ、表現されたものなのだ。さう思はれてならない。「逝く者は斯くの如きか。昼夜を舎()かず。」「萬物は流転す。」それは洋の東西を問はない。進歩も発展もない。流れと変化と循環とがあるだけだ。

ゆつたりとした流れが続く。心の中もますますゆつたりとしてくる。これでいい。緑が目にしみる。両岸を見れば緑、前方にも緑、顔を上げれば緑・・・

・・・地球は緑の星だ。さうして、そこに人間が住む。他の無数の生命が生きてゐる。不思議な気がする。この森、この木々がここまで育つには一体どれくらいの時がたってゐるのだらうか・・・何十年、何百年、いや何千年、何万年・・・地質学的に言へば、何十万年、何百万年、否、何億年か・・・自分が限りなく小さな存在に思はれる。

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