囲炉裏端から

主として趣味に関わる様々な話題を、折に触れてエッセイや紀行文の形で自由に書いてゆこうと思っています。過去に書いた文章も適宜載せてゆきたいと考えています。

ゆつたりとした流れが続く。心の中もますますゆつたりとしてくる。これでいい。緑が目にしみる。両岸を見れば緑、前方にも緑、顔を上げれば緑・・・

・・・地球は緑の星だ。さうして、そこに人間が住む。他の無数の生命が生きてゐる。不思議な気がする。この森、この木々がここまで育つには一体どれくらいの時がたってゐるのだらうか・・・何十年、何百年、いや何千年、何万年・・・地質学的に言へば、何十万年、何百万年、否、何億年か・・・自分が限りなく小さな存在に思はれる。

古い丸木橋。昔の人の暮らしを思ふ。この橋も嘗ては実際に使はれてゐたのだらうか。この辺りではどんな生活が営まれてゐたのだらうか。橋桁の回りに小さな渦が巻いてゐる。「もののふのやそうぢがはのあじろぎにいざよふなみのゆくへしらずも」・・・

 ほどなく、内別川との合流点。川とは言っても、僅かに幅二、三米の小川で、危うく見落とすところであつた。川岸に舟をとめ、歩いてふれあひ公園に入る。日本名水百選に選ばれたと言ふ内別川湧水を飲む。うまい。確かに清らかで冷たい水だ。顔を洗ふ。気持がよい。暫く休み、再び漕ぐ。

次第に空が明るくなってくる。自然と「行く河の流れは絶えずして・・・」といふ文が心の中にうかぶ。長明も或いは、実際に宇治川を船で行き来したときにふとこんなことを思ったのではないか。或いはまた、鴨川の流れをじっと見つめ乍らこんな言葉を呟いたのではないか。そんな風に思はれてくる。

 時折、舟を漕ぐ手を休め、流れに任せる。何もない。自然があるだけだ。川が流れ、舟が流れ、時が流れるだけだ。

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