囲炉裏端から

主として趣味に関わる様々な話題を、折に触れてエッセイや紀行文の形で自由に書いてゆこうと思っています。過去に書いた文章も適宜載せてゆきたいと考えています。

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第51回)
 湯淺駅に行き、写真を撮る。小さな田舎の駅・・・ますます暑い。

湯淺城を見学す(十一時五十五分~十二時二十分) ここまで四十一、三キロ。

天守閣から遠く四方を眺めながら、古への武将達に思ひを馳せる。展示されてゐる太刀、鎧兜、書画、衣装、調度品などを一つ一つ見ながら、往時を偲ぶ。土地の豪族「湯淺氏」と我々「北海道湯淺一族」とは何らかの関係があるのだらうか・・・現在手元に残る最も古い戸籍によれば、我々の直接の祖先「湯淺伊之蔵」はこの湯淺町とは海一つ隔てた目と鼻の先、徳島県那賀郡福井村大字下福井村(現在の徳島県阿南市福井町)から北海道に渡って来たことになつてゐるのだが・・・

湯淺町市街へと引き返す。暑い、余りにも暑い!町のどこかに外気温三十七度と表示されてゐた。到頭、ライダーズジャケットを脱ぐ。

顕国神社に行き、湯淺一族と旅の無事安全を祈願す(十二時二十五分~十二時五十分)。暫く境内に聳え立つ巨木の陰で一休みす。吹く風の何といふ爽やかさ、涼しさ!生き返りたるが如き心地す。ここまで四十二、四キロ。

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第50回)
熊野古道の看板見ゆ。「熊楠さん!あなたの愛してやまなかつた熊野へと繋がる道がこんなところに・・・」感慨深し。バイクを止め、如何にも由緒ありげな古い街並みを暫し歩く。時折立ち止まって家並みを眺める。心が静かに落ち着いて行く。

    蝉しぐれ先祖の御魂の蝉しぐれ                 

町役場に行き、話を聞く、調べる(十時二十分~十時五十分頃)役場の人によれば、この町には「湯淺さん」は余りゐないと言ふ。意外な気がする。「北海道の札幌から湯淺家のルーツを尋ねてバイクでやつて来ました」と言ふと驚いてゐる。暑くなって来た。

役場のすぐ側にある、その名も「湯淺食堂」といふ小さな町食堂で昼食(十時五十分頃~十一時半頃) ここでも「北海道の札幌から湯淺家のルーツを尋ねてバイクで来ました」と言ふと驚いてゐる。関心してゐる。「まぐろ造り定食」を食べる。いとも美味し。色々と話してゐると、何と店のおかみさんがお土産に蜜柑を二つもくれる。ありがたし!一つを早速食べる。瑞々しく新鮮で本当に美味い!「ありがたうございます。ご馳走様でした」旅の情けが身に沁みる。

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第49回)
「第十一日。七月二十四日(水 )くもり」 

 

起床七時。朝の行、読書。「調子」吹く。

八時四十一分、出発。先づは、この旅の大きな目的の一つたる「湯淺町」を目指し、四十二

号線をひたすら南下する。途中、海南市仁義、有田市里、同じく野といふ印象的で珍しい地名に次々と出会ふ。和歌山県は面白地名の宝庫か・・・いつしか湯淺町に入る。「終に来た!いよいよ湯淺町だ!」何か不思議な気がする。

九時五十二分、湯淺町「湯淺」といふ交差点の表示が目に入る。「おお!湯淺町湯淺!」思はず叫ぶ。信号機の真下にバイクを止め、つくづくと眺める。日本の各地で地名と人名は固く結びついてゐる。どちらかがどちらかの元になってゐることはさほど珍しくない。それは自分もよく知ってゐる。しかし、それでもなほ湯淺の姓を持つ自分にとつて、この「湯淺」といふ文字は極めて鮮烈な印象を持って迫って来る。写真を撮る。ここまで三十六、三キロ。

このページのトップヘ