そろそろ旅も終はりに近づいて来ました。先を急ぎます。第3日「白河の關」の続きです。

 

「奧の細道」を行く  -木の舟、鐵の馬  第二部-(11) 

ここもまた蝉時雨、室の八島ほどではなけれども。趣深し。社の森といふ風情なり。日の光も木々に遮られて、ひんやりとするほど涼しい。靜かなり。古びた粗末な神社と幾つかの碑(いしぶみ)・・・先づ、三首の古哥を刻んだ小さな歌碑。眞ん中の一首だけが、辛うじて讀める。(と言ふよりも、暗記してゐるので分かる、と言ふべきか)

 

   たよりあらバいかで都へつげやらむ

   けふしら河のせきはこえぬと    平兼盛

 

   みやこをバ霞とゝもにたちしかど

   あきかぜぞふくしら河の關     能因法師

 

   秋風に草木のつゆをはらハせて

   きミがこゆれバ關守もなし     梶原景季

 

 能因法師の歌、甚く心にしむ。千年前の旅が思はれる。(能因は、永延二年-九百八十八の生まれと言はれる)千年前、この邊りは一體どんな所だつたのだらうか。どんな人が住み、どんな花が咲き、どんな風が吹いてゐたのであらうか・・・心がひたすら遠くへ向かふ。「歌枕」といふ言葉のゆかしさ・・・ここには何もない。何も要らない。ただここが「白河の關」である、と言ふことだけで十分なのだ。