囲炉裏端から

主として趣味に関わる様々な話題を、折に触れてエッセイや紀行文の形で自由に書いてゆこうと思っています。過去に書いた文章も適宜載せてゆきたいと考えています。

2016年04月

-木の舟、鐵の馬  第三部- (7)
(2)水鳥達

                            

 突如、曲がり角に水草のダム。聊か越えるのに難儀す。漕げども漕げども進まぬ。舟が完全に草の上に乘り上げてしまつた。水草にパドルを殆ど垂直に突き刺すやうにして、全力で漕ぐ。やうやくの事で脱出す。流石に疲れた。

 次第に川幅が廣くなる。十メ-トルか、それ以上の所も。左手前方に廣がる廣大な濕原・・・寒々とした秋の氣配。ここには實りはないのか、秋はただ寂しいものなのか・・・鴨が數羽水先案内。何度も先に行つては着水し、近づけば再び飛び立ち・・・生き物がゐることに何となくほつとする。それにしても、何と自由な生き物であることか! 

 世の中を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば       

 さりながら、恐らく、鳥には鳥の憂ひ、木には木の悲しみ・・・水を見る、川を見る、木を見る、草を見る、空を見る。手を休めれば舟は止まる。餘計なことを考へれば舟は曲がる。しかし、假令舟が止まつたからと言つて、曲がつたからと言つて、どうなるものでもない。ただ流されて行かう、流れに身を任せよう。時には、小さな自分を捨てて、大きなものに自らを委ねるのもいいだらう・・・今日の風は今日しか吹かない。

 20日、今年初めてのツーリングに行って来ました。目当ては「見晴らしの松」(当別町)と呼ばれる推定樹齢1300年(案内板による)の一位の巨木。北海道ではオンコと呼ぶ方がとほりがいいかもしれません。毎年必ず何回かは見に来るのですが、いつ見ても、何度見ても、本当に神々しいとしか言ひやうのない聖樹です。雪の重みに耐えかねてかなりの太さの枝が折れて、地面に転がってゐました。去年最初に訪れた時もさうだつたやうな気がします。「或いは毎年毎年、1300回も同じやうなことを繰り返しながら、この木はここを一歩も動くことなく生き続けて来たのか・・・」さう思ふと何とも言えぬ不思議さに打たれます。心を動かされます。言葉にできぬ生命の不思議・・・
 暫くはそこに佇み、様々な物思いに沈んでゐました。さうして、ふと我に返り、今年一年の無事安全を祈り、「再会」を約してその場を立ち去つたことでした。 

 今日も雨が降ったりやんだり・・・どうもはっきりしない天気が続きます。さうして、九州では大変な事態が・・・人間と風土の関わりについてつくづく考へさせられる今日この頃です。


-木の舟、鐵の馬  第三部- (6)


それにしても、この心のゆとりは何だ。この靜けさは何だ。この寂しいまでの落ち着きは・・・浮世離れ、といふものか。これも惡くはない。さて、一休みするか。慌てることもない。けふもこの川を下つてゐるのは恐らく俺一人。到着時刻が決まつてゐるわけでもなく、スピ-ドを競つてゐるわけでもない。前から來る舟もなければ、後ろから追つて來る舟もない。車もない、家もない、人もゐない・・・あるのはただゆつくりと流れる時間・・・川を見る、木を見る、雲を見る、空を見る・・・ただそれだけだ。思へば、何といふ無駄、何といふ愚かさ・・・

 

 かうして今日も時は流れ川は流れ・・・

 -木の舟、鐵の馬  第三部- (5)

 大きく川が右に曲がる。突然、前方に大きな木。澤山の蔓性の植物が絡みついてゐる。日の光を浴びて美しい。この木を左に見ながら、舟を漕ぐ。相變はらず狹い流れ。然し、視界が次第に開けてくる。時折、左岸に廣大な濕原の廣がりをる氣配す。さうして、右岸には人間たちの匂ひ。どうやら國道が近いらしい。微かに車の音らしきものが聞こえてくる。突如として頭上に轟音。空に大きなジェット機。不思議な氣がする。その車にも、あのジェット機にも、人が乘つてゐるのだ。誰かが操つてゐるのだ。一體何を考へてゐるのだらう、何を思つてゐるのだろう・・・思はず苦笑す。そこには時速七、八十キロで走る車、あそこには、音速の何倍かで飛ぶジェット機、さうしてここには、誰にも知られず時速三、四キロで川を下る人間・・・ここには原始、かしこには文明。我ながら、何といふ物好き、何といふ時代錯誤!神が見たら笑ふだらう。人間といふものは何と面白いものなんだらう、と。

 今日の札幌は時折雪、再び冬に逆戻りしたやうな寒空・・・また、バイクやカヌーが遠ざかってしまふのでせうか・・・

  -木の舟、鐵の馬  第三部- (4)


(四) 美々川を下る
                               

      (1)船出

                                

 舟を組み立てる。川に浮かべる。眞横にすると、舟の舳(へさき-みよし、船首、バウ)と艪(とも-船尾、スタ-ン)が兩岸にぶつかりさうになる。曇り、風やや有り、少しく肌寒し。出發十二時二十分。ゆつくりと漕ぎ出す。川幅五~六メ-トル、大量の水草、さうして振り返れば先程の小さな橋(美々橋と言ふらしい)。少し晴れ間が見える。ゆつたりとした氣分、心が次第に日常から離れて行く。川は殆ど流れてゐない。パドルを漕ぐ手を休めると、舟は止まる。邊りを眺める。小鳥の囀り、紅葉、山葡萄、南天のやうな實、薄(すすき)・・・秋の色濃い森の中に、ほの見えた小さな動物・・・斜面を登つていく狐。尾が白い。時折、濃い緑の山菜のやうな水草。靜かだ。空が青い。蛇行を繰り返しながら、ゆつたりと流れる細い小川。あちこちに張り出してゐる木の枝。かはすのに苦勞することもある。そのうちに川幅が廣がつて堂々たる大河になるのだらうか。鴨が一羽水先案内をしてくれる。小さな鉄橋を潜る。道路の下を潜る。少し川幅が廣くなる。七、八メ-トルか、時には十メ-トル以上。鴨が數羽、何種類かの野鳥・・・次第に薄が多くなり、濕原の樣相が濃くなる。秋の氣配また色濃し、空も山も木々も川も・・・ 

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