囲炉裏端から

主として趣味に関わる様々な話題を、折に触れてエッセイや紀行文の形で自由に書いてゆこうと思っています。過去に書いた文章も適宜載せてゆきたいと考えています。

2017年03月

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第59回)
 
一体どのくらゐ時間が経ったのか・・・文字どほり我を忘れ夢中になって、次から次へと展示を見続ける・・・その内、ふと我に返る。理性が常識が一瞬蘇る。親切にも「まだ暫く帰りませんので、ゆつくり見て行って下さい」とは言ってくれたものの、これでは余りにも迷惑をかけすぎだらう。さう思った時には、既に一時間が経過してゐた!あつという間の一時間・・・流石の非常識人も申し訳ないと切に思った。閉館時刻を過ぎてゐたのを入れてくれたのさへ異例の好意だといふのに、これでは甘え過ぎた。本当に名残惜しいが、そろそろ帰らねば・・・

「あのう・・・申し訳ありませんでした。すつかり夢中になつてしまつて時間が経つのも忘れてゐました。こんな時間になつちやつて・・・」「いえ。いいんです。ちよつと前に仕事が終ったところですから」「さうですか。それならいいんですけど・・・」聊かほつとする。大慌てで記念スタンプを二つ捺す。その側には熊楠関連グッズ。普段は余りかういふものに興味をもたないのだが、相手が熊楠とあつては話は別だ。熊楠Tシャツを一枚買ふ。

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第58回)
熊楠は、この他にも「本草綱目」、「諸国名所図会」、「大和本草」、「日本書紀」、「徒然草」、「山海経」等々、枚挙に暇がないほどの写本を作ってをり、それは謂はば「熊楠学」の原点であると共に生涯変はらぬ方法論でもあつた。事実、八年に渉るロンドン遊学中には、かの大英博物館閲覧室に毎日数時間も通ひ詰め、十数カ国語を理解したとも言はれる超人的、驚異的な語学力を駆使して、文字どほり古今東西の文献を渉猟し、実に全五十二巻一万ページ()にも及ぶノオトの山を築き上げたのである。大英博物館閲覧室の蔵書は、その数実に百五十万冊、まさしく古今東西に渉つてをり、その宝の山に若き日の熊楠は果敢にも挑んだのである。その数を思へば、熊楠が筆写し得たのはほんの一部かもしれぬ。しかし、それは熊楠以外の誰一人として為し得ぬ、否、夢想だにせぬ不滅の超人的な偉業ではある!それは、世に「ロンドン抜書」と称されるものであり、量の余りに膨大、内容の複雑多岐なるによつて、未だにその全容は解明されてゐない。畏るべし、熊楠!

それら膨大な写本の原本の一部がここに展示されてゐる。楽しい!胸が高鳴る!心が躍る!時間が幾らあつても足りない!「日本人の可能性の極限」どころではない。「人類史上最大の天才」なのではないか、少なくともその一人なのではないか。さう思ふ。自分が熊楠と同じ日本人であることが無性に嬉しい。誇らしい。

 

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第57回)
 
「南方熊楠の世界」展(特別展示)開催中。通常の展示も含めて、じつくりと見て回る。

   熊楠!思はず叫ぶつひに来た

「和漢三才図会」今、目の前には夢にまで見た原本!これぞ天才熊楠の原点!不世出の博物学者熊楠の原点!熊楠学の一大金字塔!少年熊楠が所蔵者宅を訪れて読み、記憶()して帰っては八、九歳の頃から三年がかりで「筆写」したといふ奇跡の手作り写本!これが見られただけでもここへ来た甲斐があったとさへ思はれる、我が憧れの写本!暫く見つめる。それにしても、実際こんなことが一人の人間に可能なのだらうか・・・現物を目の前にしながら尚も信じられぬ思ひなり。「和漢三才図会」とは、寺島良安の手に成る江戸時代(正徳三年、一七一三年成立)の謂はば百科事典であり、全一〇五巻といふ膨大な書物である。「三才」とは「天、地、人」のことであり、それは取りも直さず世界であり、宇宙、森羅万象に他ならぬ。この世界を宇宙を森羅万象を丸ごと把握せむとした、巨大なるスケールの巨人南方熊楠に如何にも似つかはしい、象徴的な写本であり、一大事業である。柳田国男が「日本人の可能性の極限」と評した異能の天才、異形の巨人南方熊楠が既にここにゐる!ただただ呆然と立ち尽くし見つめるのみ・・・涙が滲む・・・

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第56回)
 
「諦めるな!何とかなる!」扉を叩く。反応なし。「ごめん下さい!」大声で叫ぶ。応答なし。ふと横を見ると、インターフォン。ボタンを押す。「はい。何か御用ですか」「熊楠さんの大ファンで、北海道からオートバイで来ました。何とか見せて頂けませんか」この期に及んで最早なりふり構つてはゐられない。「三十分でも構ひませんので何とか見せてもらふわけには行きませんでせうか」「いいですよ。今開けますので、どうぞお入り下さい」これぞ天の助け!「窮すれば通ず」「精神一到何事か成らざらむ」思はず「やつたあ!」と叫ぶ。拳を握りしめて「よしよし、いいぞう!」と呟く。中に入る。終に来た。到頭来た。憧れの南方熊楠記念館・・・

穏やかな表情でそこに立つ、年配の男性。自分より十歳も上だらうか。「まだ暫く帰りませんので、ゆつくり見て行って下さい」何といふありがたいお言葉!何といふ幸運!誰もゐないこの記念館をたつた一人で心行くまで見ることができるとは!「人間万事塞翁が馬」本当に人間何が幸いするかわからぬものだ。「ありがたうございます。本当に助かりました。北海道からわざわざやつて来た甲斐がありました!」「後片付けや今後のイベントの準備もありますので、どうぞごゆつくり」「はい。それではお言葉に甘えて」

【還暦記念ツーリング。本州・四国の旅】(第55回)
臨海研究所といふやうな建物がある。熊楠関係の施設か、と聊か気になる。木々の生ひ茂る山道(と言ふのも変な海に近い道なのだが)を「本当にこの道なのか。また間違ったんぢゃないんだらうな・・・」と思ひながら走る。狭い坂道を登る。と、急に視界が開け、駐車場が現れる。さうして「南方熊楠記念館」の看板。「おう、あった!ここだ!」記念碑が立ってをり、そこから海が見える。しかし、残念ながら、そこからの景色をゆつくり眺めてゐる時間はない。急ぐ。既に四時半過ぎ、「あと三十分。どうやら間に合った・・・」思ったより小さな建物がそこにひつそりと立ってゐた。「南方熊楠記念館」の文字が読める。しかし、中が暗い。「えっ?まさか・・・」扉に手をかける。開かない。「そんなあ!」入口の表示板を見る。何と無情にもそこに書かれてあったのは「開館は四時半まで。入場は四時まで」との文字・・・「まさかここまで来て、この事態とは・・・」挫(くじ)けさうになる気持ちを奮ひ立たせる。 

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